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飛び込んでくる狼藉者がもしかしたら出るやもしれないとの予測を、だが、バンドの彼女らには内緒にしておき…寸劇っぽい“どっきり”をやるよと、それ見て興奮をなだめてねと言っておいて。実は気を抜けぬ捕り物になるかもと、店主の皆さんと打ち合わせをしたのは、アンプの設置にと早いめに此処へ着いた今朝のこと。
『そんな物騒なことが、
必ずしも起こると見越している訳じゃあないのですが。』
あれほど執拗だった連中です、どういう事情があるのか、これまでは暴力にまでは及ばなんだが。いよいよ破れかぶれになって、一番の見せ場をつぶしてやると、飛び込んでくる公算は高いと説けば。自分たちより前から彼女らを見守って来た皆さんにも、その恐れはあるとあっさり理解されたようで。
『警察へ連絡したところで、よほどの規模の催しでもない限り、
この辺りの巡回警邏の担当さんに、特別な注意がいく程度。
警備を回してもいただけないと思います。』
それより何より、来るかどうかが怪しいことへの身構えで、物々しい雰囲気になってしまっては つや消しですしねと、にっこり微笑ったお嬢さんたちの様子が、いかにも余裕たっぷりで安心を招いたもんだから。あくまでも寸劇だ、腕に自慢というが、それでもまだ高校生のお嬢さんたちがあれほど真剣に案じてやってる嬢ちゃんたちを、もっと前から見守って来たワシらが助けてやらんでどうするかと。気合い入れての頑張ってくださっての大成功。
「うん、8人いますからこれで全員ですね。」
演奏が続く広場の熱狂ぶりもちょっぴり遠い、ここは…出店が並ぶ通路の裏側、バックヤードという、いわゆる裏方区域での会話。外からの荷物の搬入や、地下にある配電室などへと通じている、関係者のみが使う通用口までの通路に出ていた彼らであり。ステージから引っ込んで来て、店主の皆様と合流すると、平八がポケットから横開きの携帯電話のような超小型の端末をすかさずのように取り出した。これまでに覗きに来たおりの姿を収録しておいた与太者たちのお顔を、モバイルの液晶画面へと呼び出したのであり、引っ括った面々と突き合わせての照合し確認を取ってから。
「それじゃあ、警察に連絡しますか。」
堂々の“威力業務妨害”の現行犯。張り倒したおりに素早く後ろ手にさせてのそれぞれへ嵌めた指錠は、タグを引き抜けばすぐにも解けるので。強引な捕縛を問われても“ばっくれましょうね”との刷り合わせも済んでおり。
“これで、これ以降は人の出入りも増えるだろうし。
何だったら勘兵衛様へ届け出ても…。”
何せ、彼女らが“真相”に気づいたその切っ掛け、こういう輩がここに固執していた事情の裏書をする一枚のとある写真は、だがだが、出どころを明確に言えない、やや不正な手法で手に入れた証拠なだけに。決め手とは出来ぬそんなものを持ち込まれてもと、勘兵衛や佐伯さんも対処に困るやも知れない。多少は型破りで破天荒な…何となれば搦め手を使ってみたり、ちょいと行き過ぎた手を打って、あとから帳尻合わせと運ぶのもお手の物という大胆不敵なお人じゃあるが。
“そんな格好で何とかしてほしいなぞとは…。”
はなから変則的なことをと頼るのも何だか筋違いな気がしたもんで。何事も起きなければそれが一番だし、起きても自分たちで何とか出来まいかと…日頃駆使して来た様々な腕っ節のほど、生かして何とか出来たなら、大事にはならずのこそりと方がつけられないかと、そうと思ってのこの力技。何せ日が限られ過ぎており、せっかく盛り上がって準備をしていたフェスティバルだけは、つつがなく催してほしかったし。それが無事に成功したなら、その翌日にちょっとした一斉検挙や家宅捜索があったとて、誰にとっても“そんなことがあったんだ”という“よそごと”で済むからと。何ごとも起こらなければ重畳。飛び込んでくる手合いがたとい出たとしても、此処での実行犯という末端連中による、破れかぶれな暴走どまりだろうからと、それを押さえ込む覚悟だけを固めてた。それこそが彼女らの構えた“最悪”の事態であり。だがだが、それさえ見事に収拾へと持ち込んだ今、これでもう大丈夫、ミッション終了という雰囲気となったのも無理はなく。じゃあわたしは向こうの皆様の様子を見て来ますと、平八が広場のほうへ戻ってゆき、こちらもこちらで、張り詰めさせていた気構えを緩めた………その途端。
「…面白い真似をやらかしてくれたもんだねぇ。」
通路のドン突き、そこから外へと出て行きかけていた通用口のすぐ外で。酒屋のご主人と電器屋さんの二代目が、わっと言う声を上げたのと重なったのが、そんな太々しい声かけであり。
「……っ。」
「な…っ。」
そんな出口まであと何mもない位置での後詰め担当だった七郎次と久蔵が、ハッとして顔を上げたのとほぼ同時、通路の明かりがフッと落とされる。ビルの大元のブレイカーを落とされたんじゃあないかと思ったが、後背側の広場からの演奏や盛り上がりの声は途切れないから、そちらには気づかれてもおらずなようで。肩越しにそちらを見やった視線を戻しつつ、ホッとした七郎次と久蔵を目がけ、音はしないが何かの気配が、さあぁぁっっと勢いよく近づいて来たものだから。
「…っ。」
不吉な気配と判りはしたが、ああしまった、得物なんて持ってはいない。手近なところにモップの一本でもあればよかったが、きちんと片付けた通路には、確か何にもなかったはずで。そんな焦りにいやな汗が吹き出した七郎次を、闇の中、ぐいと背後へ押し戻す手があって。すぐお隣りにいた久蔵の手だと判ったが、彼女もまた 手ぶらな身ではなかったか? それに、今の“生”でも剣道を修めている自分と異なり、彼女はバレエでその身を絞っている少女に過ぎず。例えば男の剛力で、有無をも言わさずという一気呵成に押し潰されては、どんな抵抗も歯が立つまい。それを思ってのこと、手向かいはダメだと引き留めかかったが、
―― ぶんっ、と
風を切る鋭い音がし、それと同時、があぁっという野太い悲鳴もした。場面によっては主役にのみライトが当たっている、そんな薄暗いステージで舞うこともザラなので。昔ほどではないながら、それでも多少は夜目が利く久蔵であるらしく。迫りくる何かの気配に頬やうなじの産毛が立ってゆく反応に合わせ、一か八かでサンバイザーの端を持ち、ぶんと思い切り叩きつけたらしい。
『兵庫が。』
唐突に強盗や悪漢に向かい合うよな羽目になったら、よしか? 今のお前は残念ながら、もはや武士の豪腕は持ってはいないのだから。手当たり次第にものを投げて翻弄するか、物が1つしかないならば、それを振り回して叩いて叩いて叩き倒せと。
『………?』
『叩き倒せとは言うておらんぞ。』
それどころか、相手に掴まれたら意地になっての引っ張り合いなぞせず、潔く離して逃げよと言うたのに、と。覚え間違えられていた心得に、黒髪の主治医殿が はぁあと深々とした溜息ついたのは後日の話だが。随分とよく撓うプラスチックをカチューシャの部分へ仕込んであったようなので、振り下ろす勢いにそれは頼もしくもバネが利いてのこと、まるで鞭のように飛び出しては、相手を べしりっと叩くのが相当に痛かったらしく、
「どうしたっ。」
「早く捕まえねぇかっ。」
こちらが捕まえた与太者の奪還だけで済まさずに、七郎次や久蔵までも捕まえようとした連中だったのは、
『ありゃあ…あの3人は、
あの女学園のあちこちを撮影と誤魔化して捜索してたときに、
妙な大暴れをしやがった女生徒だったからよ。』
いいとこのお嬢様なら、人質にとっても効果はあろうし、あわよくば身代金もせびれるんじゃないかって…と、取り調べのおり、とんでもない動機を吐いた輩がいたと聞き。おおお、全く気がつかなんだが、あのときの顔触れが交ざっていた模様。
『……島田。』
『佐伯さん、取り逃がしてましたね。』
『いやぁ、とんでもない乱戦状態になってたからねぇ。』
一斉検挙にと警察が突入したどさくさに紛れて、広い敷地に隠れてやり過ごした奴がいたみたいだねぇと。それもまた、明らかになるのは後日のお話で。
「…って、何しやがる、このアマがっ!」
何度かは効果的にヒットしたサンバイザーの即席鞭だったが、所詮は小ぶりな得物。振り出した間合いを手首ごと掴まれてはどうにもならずで、
「…っ!」
力と力という拮抗になれば、口惜しいかな ごつい男に女子高生では敵わない。
「来いっ!」
「…久蔵っ!」
七郎次には相変わらず物の輪郭さえ見えない闇の中だが、それでも間近で懸命に対峙をこなすお友達の気配は聞こえていたし、それがぐんと引かれたらしく、傍らから攫われた温みの喪失に気がついて…背条が凍る。待ってと延ばした手の先へ、かすかに彼女の柔らかな髪が触れ、だが、あっと思う間もなく遠のいて。
失うのは もうイヤだ
それを、痛いほど感じた。同じ不安には山のように覚えがある。長い大戦の最中、様々なシチュエーションの戦場で数え切れない仲間を亡くした。その中には、お前だけでも生き残れと、勘兵衛様は任せたと、一番年少だったからと庇われた場面も数え切れないほどあって。重い足を引きはがしながら、敵意の垂れ込める沈黙にくるまれ、神経をささくれ立たせながら戦火を掻いくぐり、勘兵衛の待つ合流地点まで駆け抜けたことをまざまざと思い出す。
もう、いやだ
それらがそろそろ終わりそうという最終決戦の場からの記憶を分断され、現世から引きはがされての末、再び目を覚ませば、自分は何もかもを失っており。戦さもとうに終わっていて、勘兵衛も居なければ、左手へ刻んだ六花もない。すっかりと平和になったという世に馴染む暇さえない身で放り出され、立ち直るのにどれほどかかったことか。
……そしてその次は
やっと再会が叶った勘兵衛と共に、かつて血を騒がせた“もののふ”の生きざまへと戻れたはずが。崩れ落ちかかっていた本丸の中枢部。自分と御主の危機へ外壁突き通して駆けつけた双刀の剣士は、だが、最強の腕を誇りながらも不本意な混戦の中で倒れてしまい、そのまま無念の死を遂げたのだっけ。何で…こんな平和な国で、こんなに何でもない平時の片隅で。久蔵が…あのころも今も 自分にはそれは大切な仲間の久蔵が。得体の知れない手合いに無理から攫われねばならぬ。
「……久蔵を」
暗闇に押し潰されかけていた、竦みかかっていたその身が、かぁっと内から熱くなり、
「返せっっ!」
しゃにむに前へと飛び出しかけたが、どんとぶつかったは彼女の肢体とは比べものにならない堅い何か。それと同時に周囲が明るくなり、自分がぶつかったのは別な男の上背で。どうやら二人も飛び出していたらしく、久蔵の側はかなり力負けして引かれている最中…のようだったが。
「久蔵っ。」
通路の奥向き、出入り口の側からの声がした。明かりが灯ったのは相手へも予測のなかったことらしく、外で待機していて闇に慣れていた眸には、明るいほうが却って眩しくて居たたまれぬか。目元を眇め、立ちすくんでいるばかりであり。そんな間合いへねじ込むように、そちらから勢いよく駆けて来た人影がぶんと振り上げたは、そこいらで適当に掴んだのだろ、穂先が擦り切れ切ったホウキが一本。彼の場合、物心付いたころにはもう、過去の記憶が鮮明に戻っていたのだそうで。それでという訳でもなかったが、学生時代は剣道に打ち込んでいたお陰様、
「哈っ!」
ぶんと振り下ろした長得物は、彼へは背中を向けていた男の肩口へとヒットしており、があっと獣じみた声を上げた弾み、その手が離れた少女の細い二の腕を、やっと間に合ったと本来の保護者が引き寄せる。
「…………兵庫?」
怪我人が出るやも知れぬと、警部補から応援を頼まれるまで、事態がこんなになってたとは知らなんだらしかった、久蔵の主治医の先生であり。無理強いされかけての抵抗から、精一杯 四肢を踏ん張っていた仔猫のようだった金髪紅眸の美少女が、尖らせていた表情をするすると萎えさせての凭れ込んで来たの、それは大事そうに掻い込んでやった瞬間の、何とも言えない安堵の表情が印象的だったらなく。
『前々から判っておったなら、なんでこの子らを引き上げさせなんだ。』
連中が一気に動くのへと一斉検挙を仕掛ける都合から、この子らを相手への目眩ましに泳がせていたのではないのかと。結構手痛い指摘をしつつ、執行責任者へ容赦なく噛みついたのも彼であり、そして、
「くっ。」
飛び出して来たお仲間が伸されただけじゃあない、さっき自分らが飛び込んで来た搬入口の向こうからも、鋭い笛の音やら結構な数の人々ががやがやと揉み合うような騒がしさが聞こえて来たものだから。駆けつけた陣営に退路を封じられたのだというのが伝わったのだろう。こちらの男も不意な眩しさに顔をしかめていたものが、そんな状況への苦衷の感からも歯咬みをしての苦境を意識し、
「もう、そのくらいで諦めてはどうだ。」
どんと自分へぶつかったそこから、慌てて数歩ほど飛びのいていたもう片方の少女を思い出し、その二の腕を掴んで引き寄せ、逃亡への楯にしようと構えたらしかった彼だったが。そんな自身の手の先、よくぞ気がついて止めたという際どい中空に差し伸べられてあったのは、それはよくよく研がれた煌きをたたえた一振りの日本刀。
「こういう古物にも縁の多かった身のようだが。」
手を突っ込んでいたら指の股からずんばらりと裂けていたかもと、ぶるぶると震えているデカ男の手前から、どういう奇遇かこちらも金の髪をした女子高生を自分の側へと引き寄せた人物があり。
「女子高生を人質に籠城か?
そこまではサカエダの親父も庇っちゃあくれないと思うのだがな?」
「……あ。」
急転直下な状況下、誰に触れられても ひくりと跳ね上がっただろう緊迫感の中、なのに…その人の手の温みには、落ち着き誘う優しさしか感じない。絶対優位にいるせいか、ほのかに悪戯っぽい笑みの気配を滲ませた、響きのいいお声の渋い深みとか。間近になった懐ろの、スーツの匂いとはまた別な、精悍な男臭さが頼もしくって、
「………しち?」
案じるようなお声へ、ついのこととて泣きたくなった。佐伯さんへあんなこと言ったから、そうか元気かなんて納得し、此処へは来ないと思っていたから。
「勘兵衛様…。」
「ああ。遅れてすまなんだな。」
本当は、会場への突入からして阻止する予定でいたのだが、思っていたより盛況だったので、此処での恐喝の実行犯、チンピラどもを拾い出せなくてな。
「そっちの騒ぎのどさくさ紛れ、
こっちはこっちで贓物を運び出すつもりだったらしい連中を、
片っ端からお縄にしていたのだが。」
こういう偽物もあったから、此処は大した倉庫でもなさそうだと。こしらえばかりがやたら立派な日本刀、ポイと足元へ放り出し、駆け寄って来ていた佐伯さんが引っ括っていたデカ男があああっと大口開いていたようだったが。それもこれももう済んだこと。
「大胆な策を厭わぬところも、昔と変わっておらぬな。」
それに振り回されて、やっぱり案じた当時のお仲間の一人が、苦笑混じりに筋肉男を引っ立ててゆき。その場に居残った壮年の警部補殿の懐ろでは、
「……………。/////////」
よほどに怖い想いをしたか。それとも…自分はともかくお友達を危険に晒した自身の何かへ、例えようのない口惜しさが込み上げてのことだろか。清らかな美しさと共に凛と冴えて毅然とした強さをもたたえた存在であるところ、白百合と呼ばれ皆から慕われておいでのお嬢さんが、何年か振りに声を押し殺して泣き出してしまったのであった。
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*今回はさすがに、微妙にやばかった模様です。
女子高生の体力や腕力的な限界か?

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